ある読書好き医療コンサルタントの書評ブログ!

年間60~70冊ほど読んでます。原則毎週日曜日に更新しますが、稀にプラスαもあります。本好きの方集まれ!

足利義昭 流れ公方記

 

おはようございます。

 

医師のキャリアプランを研究し続ける

ジーネット株式会社の小野勝広です。

 

ここ10数年に渡って

かなり気に入って読み続けている

人物文庫シリーズ。

 

40~50冊は読んできてますけど、

まだ未読の本がたくさんあります。

 

歴史好きを広言している私ですので、

ライフワークとして

今後も読み続けてまいります。

 

本日のブログのタイトルは、

足利義昭 流れ公方記 】

といたしました。

 

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本書をピックアップした理由

足利義昭 流れ公方記 』

水上 勉 人物文庫 を読みました。

 

なぜ足利義昭か?

 

特別な理由がある訳ではないのですが、

足利尊氏から始まり

足利義昭で終わる足利将軍家

徳川将軍と比較すれば波乱万丈…。

 

江戸時代を太平の世として作りあげ、

良くも悪くもその後の明治維新に繋がり

良き時代から新しき時代へと繋がった

徳川将軍は好意的に受け止める事ができますし、

歴史としても良いイメージ。

 

しかし足利将軍は、

初代尊氏から2代義詮、3代義満までは

観応の擾乱と呼ばれる混乱期。

 

以前には下記も読んでいます。

 

 

ka162701.hatenablog.com

 

最後はドタバタだったけど

概ね上手く行った徳川幕府と比べると、

最初から最後までドタバタで

挙句の果てには

その後は戦国時代に突入し、

いったい何だったんだ…足利幕府は?と

思えるような時代でした。

 

ある意味では、

足利幕府の失敗があったから

徳川幕府は上手くいったとも言えるかもしれません。

 

そこでふと思ったのです。

 

徳川最後の将軍、

徳川慶喜の事はそれなりに知っているけれども、

足利最後の将軍、

足利義昭についてはあまり知りません。

 

織田信長に追放された…くらいしか

知識がなく、

それは少し残念だなと思いまして、

それで本書を手に取ってみた次第です。 

 

目次

下剋上

・還俗

・秋の侘助

・孤舟一夜

・春のいさざ

・京のまぼろし

・饗宴

・美濃動座

・幕府再興

・天下の将軍

・打倒信長

・夢よ何処

 

感想

ひと言で申し上げるなら、

若干辛くなりました。

 

足利義昭…。

 

不運の将軍。 

逃避の将軍。

あまりにも思うようには行かなかった

将軍らしくない将軍だったのですね…。

 

本書は、侍女「ぬい」が書き残した

「くぼう記」を元にして

義昭が将軍となってから死すまでの

まさに「流亡」の時代を著しています。

 

私の勉強不足も多分にありますが、

そもそも奈良一条院にて

覚慶という名で仏道を歩んでいた義昭。

 

父は第12代将軍である義晴。

 

義昭は足利家の家督相続以外の子として

慣例により仏門に入っていたのですね。

 

しかし兄である第13代将軍である義輝が

三好三人衆らに暗殺され、

続いて弟である周暠、

母である慶寿院も殺されてしまいます。

 

細川藤孝、一色藤長らに助けられ還俗。

 

三好三人衆松永久秀らが擁立した

第14代足利将軍である義栄が死去、

その後、義昭が第15代足利将軍に就任。

 

矢島野御所、若狭後瀬、越前金ヶ崎、一乗谷

美濃立政寺、近江桑実寺などを転々としていましたが、

ここで登場するのが織田信長

 

義昭は念願かなって上洛。

ただし信長の威光があってこそ…。

 

将軍として京に入ってからの義昭は

信長との仲が段々と悪化。

 

焦る義昭は、

武田信玄上杉謙信朝倉義景毛利元就

本願寺顕如六角義賢らに助けを求め、

信長包囲網を敷きますが、

信玄の死や

幕臣であった細川藤孝荒木村重の裏切り、

また信長は包囲網を撃破し、

義昭を京から追放。

 

その後、河内、堺、紀伊、備後の鞆などを

転々としている最中に

本能寺の変が起こり信長が死去。

 

関白秀吉、将軍義昭の時代となり、

秀吉から1万石の領地をもらい

慶長2年に薨去

 

まあざっと義昭の一生を書きましたが、

これらの合間合間に「ぬい」の言葉が紹介され

義昭の人間らしさや

当時の世情がよくわかり、

階段の踊り場のような

ホッとした瞬間を与えてくれます。

 

やはり不可思議なのは

なぜ信長と敵対してしまったのか?

ここに尽きるのでしょうね。

 

確かに信長の将軍をないがしろにした

やりようには許しがたいところもあったのでしょうが、

信長がいなければ上洛すらできなかったかもしれず、

また当時の情勢を考えれば

信長と敵対するリスクも大きかったはずです。

 

武田や上杉、朝倉など諸侯を頼るも

信長と敵対してまでも

義昭を本気で救おうと思う武将が

果たして存在していたのか?

 

そもそも義昭自身に武力はほとんどなく、

将軍になったのも「力」でなった訳でもない。

 

見誤った…。

まさにそういう事なのだろうなと思います。

 

謙虚に信長の脇役として

己の分際を知り、

自重していれば、

人生の後半は流れ公方にはならなかったのだろうなと

つくづく感じます。

 

まあ歴史は変えられないのですけど、

足利義昭の人生からは

反面教師として学ぶところが多いと感じました。 

 

評価

おススメ度は ★★★★☆ といたします。

 

トップリーダーは

血筋ではなくて

実力がないといけませんね。

 

また権力を握ったら

私利私欲を捨てて

世のため人のために身を尽くさねばなりません。

 

別に足利義昭のことを

私は好きでも嫌いでもありませんけど、

誠に残念ながら

最初から将軍の器ではなかったのだろうな…

そして将軍になるべきではなかったと思います。

 

それがその後の戦国期の混乱に繋がり、

歴史好きとしては興味深い時代になりましたけど

その当時の民は苦しむことになりました。

 

信長、秀吉、家康の時代を経て

ようやく世は治まりましたけど、

長きに渡って辛い時代でしたね。

 

もし義昭が…なんて、

まあ歴史にもしはあり得ないか(笑)。

 

ただ書物としては

とても面白く読めました。

よい勉強になりました。

 

それでは、また…。 

 

 

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