ある読書好き医療コンサルタントの「書評」ブログ!

年間60~70冊ほど読んでます。原則毎週日曜日に更新しますが、稀にプラスαもあります。本好きの方集まれ!

仏教が好き!

 

おはようございます。

 

読書がライフワークになっている

医療業界のコンサルタント

ジーネット株式会社の小野勝広です。

 

先日ある歴史番組を観ていた時に

娘に仏教は勉強しなきゃダメだぞ…と話したら

父さんは仏教の何を知ってるの?と聞かれ

絶句しました。

 

そうです。

何も知らないに近いわけです。

 

何となく日本人だから仏教みたいな感じはあるし、

おそらく知らず知らずのうちに

何らかの仏教的な価値観が身についているというのは

少なからずあるとは思うんです。

 

しかしそれが何?と問われると

う~む…と唸るばかり…。

 

娘とそんな会話をしていた時に

あ!と思い出しました。

 

以前に面白そうな本を買っていたんです。

 

随分、積ん読になってましたけど

本棚に眠っているのを思い出しました。

 

今回ご紹介する書籍は、

【 仏教が好き! 】 です。

 

 

本書をピックアップした理由

『 仏教が好き! 』

河合 隼雄 × 中沢 新一 朝日文庫 を読みました。

 

本書を読もうと思ったのは

前述したとおり娘との会話がきっかけですが、

本書を買おうと思ったのは

河合隼雄さんと中沢新一さんが仏教を語るのか、

もう買いだね、と

このお2人の対談が興味深くての購入でした。

 

ただ、テーマは仏教ですからね。

なかなか手が出ず、

しばらく本棚で飾りとなっていましたが、

考えてみれば私自身「哲学」への関心は高く、

別に学問として哲学を学んでいるわけではありませんが、

人の生きる道として

人様のキャリアや人生に関わる仕事をする1人として

哲学的な思考のアプローチや

哲学の基本くらいは抑えておかなきゃと

今まで結構な哲学本を読んできたつもりです。

 

どこまで身になっているのかは微妙ですけど、

たぶん私は一生哲学に関して学び続ける予感がします。

 

でもそういう意味では

宗教も学ぶべき対象ではあるんですよね。

 

自分は無宗教ですし、

両親ともに宗教に関心はなかったですし、

宗教に関心を持つきっかけもありませんでした。

 

しいて言うなら歴史でしょうか。

 

歴史好きなものですから

テレビ番組や歴史本はそこそこ触れてます。

 

そのなかには宗教勢力が一揆を起こしたり、

本格的な戦いをしたりというシーンが出てきます。

 

日本史だけでなく

世界史だって宗教戦争など

人々の生活を大きく変えることも少なくありませんね。

 

どうせいつか読むのだし

読むべきタイミングが訪れた感じがして、

よし!と気合いを入れて読み始めたのでした。

 

目次

・仏教への帰還

ブッダと長生き

・仏教と性の悩み

・仏教と「違うんです!」

・幸福の黄色い袈裟

大日如来の吐息-科学について

 

感想

本書は2008年6月に発行された

少し古い本なのですが、

いやいや読んで良かったです。

 

そもそものテーマが時代に翻弄されるものではないですし、

内容的にも全く古くない、

むしろ今の令和の時代だからこそ

みんなもっと仏教を知ったほうがいいんじゃね?くらいの

深くて、学ぶべき、素晴らしい対談でした。

 

河合隼雄さん、中沢新一さんが

仏教について語り合うのですから

つまらないわけがないわけですけど、

想像以上に面白かったです。

 

河合さんが生徒役で、

中沢さんが先生役みたいな感じですけど

そんじょそこらにはいない優秀な生徒なわけですし、

関西人らしくユーモアもたっぷりですし、

中沢さんもそれに釣られて

テンポのいい応対をしています。

 

決して話しを難しくするのではなく、

とっても読みやすく、わかりやすいのですけど、

そうは言っても浅くはならない。

 

表面上をサラっとなぞるのではなく、

しっかり奥深く追求する姿勢は堅持しており

私にとっても実によい仏教の勉強となりましたし、

仏教だけでなく、宗教に関して、

また人生学としても非常に良い学びとなりました。

 

それでは恒例の私がグッと来た箇所をご紹介します。

 

仏教はまず「宗教ではない宗教」と言えるんじゃないですか。

少なくとも僕はそんなふうに理解して、

仏教に関心を持ちつづけてきました。

(P.11)

 

宗教ではない宗教。

そもそも宗教すら触れたことのない私は

もうこの辺りからグッと引き込まれていきました。

 

そういう神話と仏教の思考は

とても近いところにあるんじゃないかという

直感ですね。

ところがたいがいの超越的宗教というやつは、

原点に非対称性の原理がすえてあるから、

こういう優しい神話的思考を蹴散らして

世界を制覇してしまった。

ところが仏教だけが、

宗教のはらむ超越性を否定して、

世界にふたたび対称性を取り戻そうとする

教えを説いてきました。

こういう時代に仏教とは何かを考えるときに、

これは本当に大切な発想になってくるのではないか、

と僕は考えます。

(P.24~25)

 

超越性、対称性。

わかるようなわからないような。

ただ一神教の宗教と比較すれば

確かに仏教は優しい感じは何となくします。

いかにも宗教という感じがしないところが

仏教の良いところかもしれません。

 

仏教思想は徹底した

「対称性の思考」としてできあがっていますから、

野生の思考の称揚者も、

これこそが人類のめざすべき宗教と

考えたのではないでしょうか。

(P.37)

 

人類は宗教を目指すべきなのか、

宗教がないと人生を豊かにできないか、

このあたりはわかりませんけど、

宗教のことなど考えたことのない私は

さらに興味津々になってきました。

 

だから仏教の特徴は、

これはユングも書いておったと思うけど、

「これではない、あれではない、

 これではない、あれではない」の

連続で進んでいくんです。

キリスト教やったら

「これだーっ」。

そうでしょう?

(中略)

仏教ほどカタルシスのない宗教はありません。

(P.66)

 

自然体という感じでしょうか。

日常生活に自然と溶け込んでいる感じでしょうか。

何だか西洋と東洋の違いのように思いました。

ベースとなる宗教が社会を作ったと言えるでしょうか。

 

結局、一神教の戒律では

神が人間に命令をしています。

しかも絶対的な命令です。

だからその命令を破るのは罪です、罰せられる。

ところが仏教の戒は、

中沢さんが言っているとおりで、

最もうまく生きていく方法、

上手な方法を言ってくれているというか。

そのときに、

「これはだめだよ」

「こっちへ行ってはだめだよ」

「あっちへ行ってはだめだよ」と

「だめだよ」「だめだよ」と言って

手引きしてくれている。

両者の戒の意味がまったく違うんじゃないでしょうか。

(P.105)

 

これはわかりやすいですね。

キリスト教イスラム教、ユダヤ教など

こちらも私はほとんど知識がありませんけど

イメージとしてはそうなんだろうなと納得しました。

 

仏教の本質とは、

ですから極端なパラドックスだと思います。

ですけども、人間が「自然教」から飛躍しようとして

生み出した解決法としては、

いちばん高度だったと僕は考えています。

一神教の解決法では、

女性を抑圧してしまいますからね。

仏教はそれより人間の自然にフィットしています。

(P.136)

 

自然にフィット。

無理のない宗教なんですね。

極端なパラドックス

生きる解決法。

人生哲学のようになってきましたね。

 

ユングがよく使う言葉がありまして、

英語で circum ambulation' 、

「巡回」という意味です。

僕の好きな言葉なんですが、

結局、中心には入れないということなんですよ。

われわれはまわりをめぐるだけ。

まわりを何度も何度もめぐることによって、

いわば中心に思いをいたすなり、

中心を感じ取るなりということはできるけれども、

中心に入ることはできない。

僕もそのように思っているわけです。

(P.186)

 

自分が主人公。

私たちはそう思いがちですが、

自分以外はみんな他者の世の中で

自分が中心、自分が全てだなんて

図々しいにも程があるのでしょうね。

 

巡回かあ。

人生ってそういうものかも知れず

いつか達観すべきなのかもしれません。

 

マクベス夫人の言葉に

「望みは遂げても、満足がない」というのがあります。

それがいまの日本の状況です。

みんな金があって、

家買ったり、車買ったり何かしとるのに、

だーれも満足していない。

仏教の安心というのとは、

対極みたいなものでしょう。

(P.211)

 

「業」ということでしょうか。

あまりにも強欲ということでしょうか。

 

結局、人間なんて欲深いものなんでしょうけど

足るを知ることを忘れた現代人は

欲に圧し潰されてしまうのかもしれませんね。

 

生物は生存の条件からして楽になれない、と仏教は考えます。

どういうところが楽になれないか限界かと言うと、

細胞膜があるからでしょう。

自分と外の世界を分けて、

自分の世界の細胞膜のなかに自分の世界を完結して、

このなかで楽になろうとしている、という条件づけが、

生物から苦しみを取り除けないんじゃないでしょうか。

だから現実の世界でどんなにがんばってみても、

それは自分の外側につくる多種多様な「細胞膜」を

どんどん強固なものにしているだけで、

そうやって安全な「膜」の内部にこもって、

一人悦に入っているような楽のもとめ方だと、

本当の楽は絶対に得られないというのが、

仏教の考えです。

(P.221~222)

 

人は1人では生きていけない。

 

しかし自分と他者との関係性を

うまくバランス取っていかねば

生きにくくなってしまう。

 

仏教が救いになるのでしょうか。

 

たしかに貨幣というのは

神に似ているなと思いますね。

そうです。

これほど普遍的なものはないでしょう。

いま下手したらね、

地球全体に君臨しているのは金と違いますか。

金の神様。

(中略)

神様とお金がどこが似ているかというと、

どっちも永遠ということを言っている。

神は永遠をあらわしています。

この世は変化し滅びていくんだけれども、

神は永遠をあらわしている。

なぜ人間が貨幣をつくり出したかというと、

価値を持ったものが壊れていく、

風化していくという事態を恐れたからです。

(P.233~234)

 

貨幣が神???

でも言い得て妙ですね。

 

そうか。

現代人は魂を売って金を得て

間違った満足をしようとして

結果的には満足できなくて

さらに金を得ようとしている。

 

そう言われるとそんな感じがしますね。

 

真ん中に神がいるんです。

が、この神は黙っている。

創造もしない。

(P.280)

 

面白いですね。

一神教ではあり得ないですし、

独裁とは真逆のスタンスは

何だか好ましく感じます。

 

西洋の人は何らかのかたちで

普遍性と結びつけないと気がすまない。

どうしても普遍理論をつくりたがります。

そこまでつくらなくてもいいというのが

僕の考え方なんです。

(P.288)

 

なるほどですね。

確かにそういう面はありますし、

東洋も西洋化してしまって

段々と世界中が頑なになりつつあるのかもしれません。

 

評価

おススメ度は ★★★★★ と満点といたします。

 

私のように宗教に今まで縁がなくとも

大した知識がなくても、

すんなり読めて

なおかつとても勉強になる良書です。

 

思考の整理というか、

日本人らしさの振り返りというか、

様々な面での考えるきっかけになりました。

 

そして河合隼雄中沢新一のご両名の掛け合いは

とても面白かったです。

 

超絶おススメいたします。

果たして私は宗教をさらに学ぶのか?

自分でも楽しみです。

 

それでは、また…。

 

 

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