おはようございます。
読書がライフワークになっている
医療業界のコンサルタント
ジーネット株式会社の小野勝広です。
人生の二大失敗要因は
「焦り」と「慢心」であると言われるそうです。
確かに「焦り」は
小さな失敗に直結しそうですし、
「慢心」は大失敗につながりそうです。
事実、自分の周辺を見渡しても、
歴史を振り返っても
中らずと雖も遠からずという感じはしますし、
知っておいて損のない格言と思います。
もうひとつ思うのは
失敗とは想定外からやってくるということです。
だいたい知っていることや
想像できることは
すでに理解できていますので、
そう大した失敗にはなりませんし、
仮に上手くいかなかったとしても
想定できる失敗ですから
大きな痛手にはなりません。
本当の意味での失敗とは
想定外からやってくるか、
知っていることからずれているか、
想像できないところからくるものでしょう。
だからこそ知らないことを許さずに
学び続けることが肝要なのかもしれません。
これも人生訓ですね。
焦らず、慢心せず、
常に学び続けていく姿勢こそが
必要不可欠と言えるでしょうか。
まさに、賢者は歴史に学び、
愚者は自らの経験に学ぶことが
重要になるのだろうなと思います。
今回ご紹介する書籍は、
【 生きづらい明治社会ー不安と競争の時代 】 です。

本書をピックアップした理由
『 生きづらい明治社会ー不安と競争の時代 』
松沢 裕作 岩波ジュニア新書 を読みました。
本書の存在を知ったのは
最近の私の本に関する情報源、
スレッズからです。
もともと歴史好きを広言する私ですが、
好きではありますけど、
別に特別詳しいわけではありません。
ただ好きで学び続けているだけです。
ただ、好きな時代は
やんちゃな男の子みたいで恥ずかしいのですが、
戦国時代と幕末です。
もちろんそれ以外の時代も
ある程度は網羅的に学んでいるつもりですが、
自分でも弱いと感じる時代があります。
そのひとつが明治の中期から大正です。
本書はそこを学べそうだと思い購入しました。
「岩波ジュニア新書」というのが
多少気になりましたけど、
これもいいきっかけになるかと思い
手に取った次第です。
目次
第1章 突然景気が悪くなる
ー松方デフレと負債農民騒擾
第2章 その日暮らしの人びと
ー都市下層社会
第3章 貧困者への冷たい視線
ー恤救規則
第4章 小さな政府と努力する人びと
ー通俗道徳
第5章 競争する人びと
ー立身出世
第6章 「家」に働かされる
ー娼妓・女工・農家の女性
第7章 暴れる若い男性たち
ー日露戦争後の都市民衆騒擾
おわりにー現代と明治のあいだ
感想
本書で最も刺さったのは、
「明治=近代化の成功物語」という
イメージ的に磨かれた表面の裏に、
生活者の実感としての生きづらさが、
はっきりと層をなして見えてくる点でした。
松方デフレで物価が下がっても
貧困層の借金は軽くならず、
農村では負債が雪だるま式に増えていく。
都市に出れば
日雇いと失業の波に翻弄され、
恤救規則は「救う」というより
「選別する」制度として働いてしまう。
歴史の教科書で見た出来事が、
個人の体温と不安をまとって立ち上がってくると、
近代の「光」は、
同時に誰かの「影」と
表裏一体で進んでいたのだと腑に落ちます。
同時に、著者が丁寧に辿る「通俗道徳」と
「立身出世」の広がりは、
時代の空気の変化をわかりやすく伝えてくれます。
小さな政府のもとで、公的な支えは薄い。
そもそも財力はまだまだ心許ない。
だから「努力しろ」「自助せよ」という言葉が
道徳の装いで広まっていくわけですが、
努力の動員は、
個人を励ます力である一方で、
失敗や貧困を「本人の責任」に転換してしまう。
ここに、明治の生きづらさの構造が見えます。
すなわち、景気循環や諸制度、未成熟な市場など
構造的な要因がつくる困難を、
個人に責任転嫁へと
すり替えてしまうロジックです。
これは、私たちが生きる現代社会にも、
驚くほど似た仕組みとして
残っているのではないでしょうか。
興味深いのは、
「家」に働かされる女性たちの章です。
倫理・慣習・経済が複雑に絡み、
個人の選択だけでは
どうにもならない状況に追い込まれます。
ここでも「自助」の語は
むなしく響くのです。
誰も助けてくれません。
歴史の明暗を支えたのは、
名もなき労働とケアの蓄積です。
そこに光を当てることは、
過去への敬意であると同時に、
現代の政策や職場慣行を
問い直す起点にもなるでしょうか。
たとえば、家計のための
長時間労働が常態化する組織、
非正規のケア労働に依存して
コストを抑える仕組み、
親の介護や育児を
個人責任に押し返す風潮――
こうしたものを「自然」だと見なす
常識的な眼差し自体が、
明治から持ち越した
「小さな政府×自己責任」の
コンビネーションに支えられていないか。
歴史を読むと、
いま目の前の“当たり前”が
歴史的に作られた
選択肢のひとつに過ぎないことが
はっきりします。
日露戦争後の
都市民衆騒擾の記述も示唆に富みます。
勝戦の熱狂が冷めた後、
物価高や失業が一気に噴き出してきて、
鬱屈はときに「弱い他者」や
具体的な個人という標的へと向かい、
時には暴力として現れるのです。
祝祭と不安の振幅が大きい社会ほど、
感情の出口を誤りやすいという教訓は、
SNS時代の私たちにも
痛切に問い掛けてきますね。
情報が高速で拡散する現代では、
憤りは瞬時に集団の熱へと転化し、
誰かを標的化します。
だからこそ、政策の遅れや構造問題を
個人の徳目に置き換えてしまう
“便利な言葉”や”表層的なムーブメント”に、
十分な警戒が必要だと感じました。
本書の良さは、
難解な理論で読者を圧倒するのではなく、
身近な言葉で「不安と競争」が
どうやって日常に入り込むのかを
冷厳に見せてくれるところにあります。
景気循環の波、制度の設計、
道徳の言説、性別役割、地域社会の目線――
それらが絡み合って、
個人に具体的な選択を迫るのです。
だからこそ、歴史から学べるのは
「単純な善悪」ではなく、
要素を分解して考える「習慣」と言えるでしょう。
たとえば、いまの私たちが直面する
賃金停滞や格差拡大を、
「若者の努力不足」や「高齢者のわがまま」といった
ある一面だけの物語で片づけないこと。
金融政策・税制・労働市場や
家族政策・地域インフラなど、
複数のレバーが
同時に人の生きやすさを決めているという
視野の広い冷静な視点を持つこと。
明治の教訓は、
問題を“個人の心がけ”にだけ回収しない、
という一点に尽きます。
では、現代にどう活かすのか。
私は三つの方向があると思います。
第一に、制度の厚みをつくること。
ケアの公共性を細くしない。
小さな政府が人々の努力を引き出す、
という言い分は魅力的に聞こえますが、
底が抜けた器では努力の成果が溜まりません。
失敗してもやり直せる「可逆性」を
制度で担保することが、
健全な競争を支えます。
政府に対する
信頼が薄くなる一方の現代社会だからこそ
人は私利私欲で平気で裏切ると考えて
盤石な制度を用意するしかありません。
第二に、競争のルールを見直すこと。
立身出世の物語が悪いわけではありませんが、
ゴールを年収や肩書だけに限定してはいけない。
資本主義は万能ではない。
拝金主義には大きな欠点がある。
医療・教育・地域づくり・ケアといった、
社会に資する役割を
正しく評価する仕組みが必要になります。
プロセス管理を広げ、
評価軸を多元化することは、
明治の「競争」の限界を踏まえた
現代的なアップデートです。
第三に、個人の戦略としての“長期”を取り戻すこと。
短期の勝ち負けに一喜一憂せず、
5年・10年の移動平均で物事を考える。
四半期とか、決算期とか、
そういう表層的な期限に捉われて
大事なものを見失ってはいけない。
これは本書の扱う時代とは
文脈が異なりますが、
「不安と競争」を
前提に生きる点で連続しています。
もうひとつ、
明治の「通俗道徳」を読みながら、
自分の言葉選びにも背筋が伸びました。
努力や自助を語るとき、
それが誰かを追い詰める刃になっていないか。
逆に、制度や構造の問題を語るとき、
個人の主体性や誇りを否定していないか。
どちらか一方に寄り切った言説は、
結局、歴史が何度も立証してきたように、
現実の複雑さを見落とし、人を傷つけます。
必要なのは「両方」を同時に持つこと。
制度を厚くしつつ、
個人の挑戦を支える。
保護と自立を対立させず、
循環させる。
明治がうまくできなかったところを、
いまの私たちが設計し直す――
そういう視点が本書から受け取った最大の示唆です。
何とかファーストという風潮は
あまりにも視野が狭くなっていないでしょうか。
最後に、ジュニア新書という
器の効用にも触れておきます。
平易な語りは、
読む人の裾野を広げ、
議論の土台を共有させてくれます。
歴史の入口は軽やかでよい。
ただし、入口に立ったあとに
何を深掘りするかは、読み手の責任です。
松方デフレなら財政・金融、都市下層なら
労働史と社会政策、女性労働なら
家制度とジェンダー史――
本書は、その次の読書へ向けた
“羅針盤”を静かに手渡してくれるようです。
明治の明暗は、過去の風景ではなく、
いまの私たちの立ち位置を照らす光と影です。
焦らず、慢心せず、学び続ける。
その姿勢こそが、
不安と競争の時代を生き抜くための
いちばん確かな「技術」だと感じました。
評価
おススメ度は ★★★☆☆ といたします。
ジュニア新書だけに
それほど深く掘り下げているものではありません。
むしろ私には
このレベルで充分というのはありましたが、
若干、物足りないと感じたのも確かです。
何ごとにも「光」と「影」があるわけで
明治時代の「影」を知ることができたのは
とても良かったかと思います。
その後の大正、昭和、そして敗戦という
これらの根本的要因は
この時代にあったのかもしれないなと思うと
少し感慨深いところもあります。
やはり、「知る」というのは大事であり、
「知らない」ということは
非常に恐ろしいことだなと感じました。
それでは、また…。
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