ある読書好き医療コンサルタントの「書評」ブログ!

年間60冊以上の本を通じて、人生や社会の構造を読み解いています。 読書感想にとどまらず、キャリアや人生に彩りを与える言葉を綴っています。読書好きな方と繫がりたい!

幸福の王子

 

おはようございます。

 

読書がライフワークになっている

医療業界のコンサルタント

ジーネット株式会社の小野勝広です。

 

本当は、子どもの時分に

しっかり読んでおかねばならない本って

かなりあると思うんです。

 

でも、すべてを読むことはできないし、

親の影響は少なからずありますね。

 

それこそが真の教育ですし、

どんな本を子供に読んであげるかは

親としての大きな責任であると思います。

 

とはいえ、良い本のすべてを

読み聞かせることはできません。

 

だから私たちは、いい大人になってから

未読であることに気づいてしまうという

そんなケースは

とても多くありませんでしょうか?

 

少なくとも私は非常に多くて

恥ずかしく思うときが少なくありません。

 

別に自分の親の責任を

問うわけではありませんし、

自分で図書館などで借りることもできたのだから

これはやはり自責なのだろうなと思います。

 

ただ、ここで大事なのは

この本は読んでおかなきゃダメだという

未読の本に出会った時の対応でしょうか。

 

正解は「すぐ読む」ですけど

私の場合は「すぐ買う」です(笑)。

 

そのおかげで私の積ん読本棚には

200冊を超える大量の本が積み重なっていますが

これでいいのです。

 

死ぬまでに必ず読みますから。

 

でも、ふとした時に読み始めると

ああ、読んで良かったと思うことは

とても多いものなんですよね。

 

今回ご紹介する書籍は、

幸福の王子 です。

 



 

本書をピックアップした理由

幸福の王子

オスカー・ワイルド 原作

曽野綾子 訳 建石修志

バジリコ株式会社 を読みました。

 

不朽の名作と言われるくらいですから

多くの方がお読みになっていると思います。

 

未読な私は自分を恥ずかしく思い、

本書の存在を知った時には

すぐにポチッと購入しました。

 

これだけ世界的に読まれているわけですから

我が国でも数多くの出版社が

さまざまな形で出しているようですが、

私は「曽野綾子 訳」というところで

本書を選びました。

 

曽野綾子さんの著書は

過去、何冊か読んておりまして

私自身は大変に好感を持っています。

 

ka162701.hatenablog.com

 

正直に申し上げて

私はオスカー・ワイルドという人物と

幸福の王子」という著者に関して、

実に薄っぺらいことしか知りませんでした。

 

それだけに、今さらとはいえ

本書は読んでおかねばならないだろうと考えて

楽しみにしながら読み始めたのでした。

 

感想

本書を読みながら

ずっと考えていたのは、

「自己犠牲」を

美徳として眺めるだけでは、

この物語の奥行きに届かないということです。

 

王子は身を削り、

つばめは命を削る。

 

けれど彼らがしたのは、

単に自分を捨てることではない。

 

自らの資産と時間と注意を、

困窮する他者へ“譲渡”し続けた——

この一点にこそ未来が芽吹く、と

本書は静かに教えます。

 

犠牲は消費で終わりがちですが、

譲渡は関係を生み、

他者の中で増殖する。

 

飢えた子の命、

職を失った若者の再挑戦、

病を抱える母の安堵——

どれも王子から「移された価値」が

別の人生で働いた結果です。

 

だからこそ本書は、

資本主義が好む

「見える価値」の物差しを試す

物語でもあります。

 

金箔と宝石が剥がれ落ちた王子は

「役立たず」として溶鉱炉送りにされ、

つばめは単なる命尽きた

小鳥として片付けられる。

 

つまり、外形的パフォーマンスが失われた瞬間に、

都市の意思決定は彼らを「無価値」と断定する。

 

しかし私たちは知っているはずです。

 

彼らが失っていく過程こそが、

人々の暮らしを回復させ、

街の倫理をかろうじて繋ぎとめていたことを。

 

市場が測り損ねる価値——

ケア、信頼、希望、再起——を、

物語は一つひとつのエピソードとして

可視化してくれます。

 

興味深いのは、王子もつばめも、

はじめから聖人ではない点です。

 

王子は生前「幸福」に囲まれ、

他者の痛みに盲目だった。

 

つばめも最初は

南へ向かう自由を選ぶ旅人でした。

 

そんな二人が、目を開き、

目の前の具体的な困りごとに譲渡することで、

関係性の網の目を増やしていきます。

 

ここには善なる意図よりも

具体的な手当の優先があります。

 

きれいな理念を掲げるより先に、

寒い人にコートを脱いで渡す、

家賃に困る家庭へ一時金を届ける、

病人に寄り添い説明を尽くす——

抽象ではなく「実」を提供する。

 

だから読み終えた後、

胸に残るのは

お涙ちょうだいの軽薄な物語ではなく、

「明日、何をどの順で譲るか」という

私たちの行動のきっかけとなりそうです。

 

譲渡という言葉をあえて使うのは、

それが返ってこなくても良い

「寄付」にとどまらないからです。

 

譲渡は、価値の保有者を入れ替え、

流通させ、滞留を解消する行為です。

 

滞留は「腐敗」を生みます。

現代社会の腐敗も滞留が要因でしょう。

 

富も名声もスキルも、

同じ場所に溜まり続ければ、

やがて社会の循環を阻害します。

 

本書の王子は、

都市の中心に立つ「滞留の象徴」でした。

 

しかし王子は広い社会を知り、

自らを解放した瞬間、

装飾という固定資産を

市民の生活という運転資金に変えました。

 

ここに「経済」と「倫理」を

交差させる政治的な面白さがあります。

 

資本主義を否定するのではなく、

資本の「回り方」を問い直すのです。

 

滞留から譲渡へ、

ストックをフローへ、

所有から共有へ。

 

王子とつばめがしたのは、

この「転換」そのものでした。

 

我が国も、高度経済成長のころは

かろうじて残っていた伝統だったでしょうか。

 

現代では、カネがカネを生み、

カネが最上の価値観になるという

非常に恥ずべき状態ですが、

再考すべきタイミングなのかもしれません。

 

では、譲り渡す側にとってのリスクを

どう扱うべきでしょうか。

 

自己犠牲を称賛すると、

やがて誰かに「燃え尽き」を

強要する構図が生まれます。

 

オスカー・ワイルドの物語は、

最後に「神様の評価」という

超越的な救済を与えますが、

現代を生きる私たちは、

現世の制度設計で

これを担保せねばなりません。

 

たとえば、労働に

適正な対価を支払う仕組み、

地域での相互扶助を後押しする

税制・寄付控除など、

こんな簡単なことすら

実現できていない始末です。

 

譲渡を「個の善意」に閉じず、

社会を回す資源に転換する。

そんな制度設計こそが譲渡を促し、

経済を回すことにつながります。

 

王子の金箔は有限でした。

だからこそ、有限資源を循環させる制度が

次の世代の王子を生み出すのですね。

 

もう一点、つばめの存在は

時間の使い方の示唆です。

 

豊かな南へ飛べたはずの時間を、

彼は街に譲り渡した。

 

時間は貨幣以上に非代替で、

何にも代えられない資源です。

 

私たちも、知識を譲る、経験を譲る、

信用を譲る、時間を譲る——

いずれもキャリアの中心に据えられる譲渡です。

 

とりわけ専門職ほど、

情報の独占が自分の価値だと誤解しがちですが、

独占は短期の防御に過ぎません。

 

共有してこそ

価値は指数的に増えていきます。

 

王子の宝石が

複数の人生で効用を発揮したのと同じです。

 

インプットしたらアウトプット。

得たものは譲り渡す。

 

結末で、街は王子像を溶かし、

つばめを捨てます。

 

場の論理は、

それを合理的と呼ぶでしょう。

 

しかし物語は別の「評価軸」を差し出します。

 

神が拾い上げたのは、

金でも宝石でもなく、

心臓と小鳥の亡骸——

つまり、最後まで譲渡を続けた「意志」でした。

 

本作のラディカルさがここにあります。

 

価格の世界で価値が否定されるとき、

倫理の世界で価値が承認される。

 

その二重帳簿は、

偽善の二重計上ではなく、

人間社会の多層性の確認です。

 

どちらか一方で生き切ることはできない。

 

だから私たちは、

利潤と連帯の両方の帳簿を整えなければなりません。

 

医療や教育、福祉、

地域コミュニティといった現場で働く人ほど、

この物語の“痛み”と“強さ”を理解できると思います。

 

日々の実務は報われにくく、

評価は可視化しづらい。

 

それでも目の前の一人を少し楽にするために、

時間と注意と専門性を譲り渡す。

 

その積み重ねこそが、

都市の倫理を下支えしているわけです。

 

オスカー・ワイルドは寓話のかたちで、

社会の維持費を誰が払い、

誰が見落とされているかを照らしました。

 

最後に。自己犠牲を称えるより、

「譲渡」を設計する。

 

善意を美談で終わらせず、

循環のデザインに引き上げる。

 

個の感情を燃やし尽くす前に、

制度とコミュニティで受け止める。

 

これが「幸福の王子」を

現代に読み替える核心だと感じます。

 

私たちは王子にも、

つばめにもなれるチャンスがあります。

 

金箔ほど立派でなくていい。

十分な宝石がなくてもいい。

 

今日の一時間、今日の知恵、

今日の謝意を誰かに譲る。

 

それは小さな譲渡ですが、

確かに未来へ続くフローです。

 

物語が終わった後に残る温度——

「譲渡」こそが

人類が生き延びてきた

根本的なファクターかもしれません。

 

評価

おススメ度は ★★★★★ と満点といたします。

 

最後に、曾野綾子さんの

あとがきから下記の文章をご紹介いたします。

 

平和や愛とは、

そのために自分の持ち物や

財産をどれだけ差し出し、

自分が盲目になることや

最後には自分の命さえ与えることを承認することだ、

ということを悟るはずである。

平和は平和を叫ぶだけでは達成しない。

そのためにどれだけの犠牲を払う覚悟があるかを

自分で選ぶのだ。

人間はものを得ようとする時、

必ず対価を払う。

万引きや略奪をするなら別だが、

まっとうな形で対価なしに手に入るものはない。

平和と愛は最大のものだから、

その分だけ、最大の対価が必要だということは

当然である。

幸福の王子」と小さなつばめはそれを実証した。

 

現代を生きる私たちに

このままでいいのか?と問い掛けてくる

強くて、静かな、物語です。

 

著者であるオスカー・ワイルドは、

「このお話は子供のためじゃないんだ。

 子供のような心を持った

 十八歳から八十歳の人たちのためなんだ。」と

語っていたそうですが、

本当にそうだなと痛感しました。

 

自分自身の生き方、考え方を

再考するよいきっかけをいただきました。

 

きっと多くの方が

すでにお読みになっていると思いますが、

ここらでもう1度、

読んでみるのもいいかもしれませんね。

 

それでは、また…。

 

 

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