ある読書好き医療コンサルタントの「書評」ブログ!

年間60冊以上の本を通じて、人生や社会の構造を読み解いています。 読書感想にとどまらず、キャリアや人生に彩りを与える言葉を綴っています。読書好きな方と繫がりたい!

自由な新世紀・不自由なあなた

 

おはようございます。

 

読書がライフワークになっている

医療業界のコンサルタント

ジーネット株式会社の小野勝広です。

 

人類の歴史のなかで、

「自由」というのは永遠のテーマでしょうか?

 

現代社会は、

それなりの自由を獲得できていますが、

確実に昔とは違う「不自由さ」を内包しています。

 

哲学者たちも

「自由とは何ぞや?」という問いに対して

深く、深く追求してきていますが、

時代が変われば定義も変わりますし、

実に難しい難問だなとも思います。

 

私自身の日常としては

たぶんかなり自由を謳歌しているほうですけど、

資本主義社会の枠組みだけは

どうも気に入らない(笑)。

 

ここから自由になるためにはどうすればよいか?

 

今、現在、不自由さを感じている若者たちに

どんなアドバイスができるか?

 

何となく、漠然としていますが、

これからの時代の「自由」は

ひとつ間違えると

かなり制限されかねないかもしれません。

そんなことも考えています。

 

いや、人類がつくる社会には

自由は存在しないのかも…

そもそも幻想なのかもしれない。

 

今回ご紹介する書籍は、

【 自由な新世紀・不自由なあなた 】 です。

 

 

本書をピックアップした理由

『 自由な新世紀・不自由なあなた 』

宮台 真司 メディアファクトリー を読みました。

 

本書のタイトルにピンと来たのです。

そして著書を見ると宮台真司

 

もうこれだけでポチッと購入したわけですが、

良くも悪くも宮台真司さん。

賛否両論の宮台真司さん(笑)。

 

私は決して嫌いではないし、

学ぶところも多いのは間違いありません。

 

ただエロが満載なのと

攻撃的な姿勢が強すぎる点は

少し気持ちを萎えさせます。

 

とは言うものの、

今までも結構な著書を読んでいるのも事実。

 

少しご無沙汰にもなっているので、

久しぶりに宮台節を勉強しますかという感じで

おそるおそる読み始めたのでした。

 

ka162701.hatenablog.com

 

目次

はじめに

第一章 世紀末相談

第二章 暴力と共同体

    ー戦争をしたがっている子供たち

第三章 自由と秩序

    ー自己決定論と社会システム理論

第四章 脳死

    ー「死の自己決定権」に見られる日本人の民度の低さ

第五章 「情の情理」をうち破る「真の論理」を

    ー「戦争論妄想論」ダイジェスト版

第六章 能天気な国家観を超えて

    ー「反盗聴法活動」と「日本人の民度

第七章 脱社会化が進むこの国で「天皇のモード」が輝くとき

    ー『天皇ごっこ』(見沢知庵)あとがきより

 

感想

うん、宮台節が連発していて、

ゲーと思うところと、

何度も読み返すほど深いところと、

これが同居しているのが

宮台さんの魅力です。

 

正直、前半部分は、

あまり関心が持てなくて、

このまま読むか悩ましく思ったけれど、

中盤からは「超」真剣に読みました。

 

何がすごいかって

それは是非とも下記をご覧になってください。

 

それでは恒例の私がグッときた箇所をご紹介いたします。

自分にこだわるが故に自分を落とすことと、

自分が自分でないことを納得することは、

違います。

「自分ではない」ことを強いられるのは

確かにひどい苦痛です。

でもそれとは別に、

自分から「自分である」ことを放棄して、

強いられた経験を乗り越えることがありうるのです。

(P.40)

 

何もしない、やらないことが

まるで美徳であるかのような現代社会だからこそ、

きつい、つらい、苦しいことを経験しておくことが

未来の自分のために有用であることも少なくないでしょう。

 

経験値が浅い自分は

年を取れば取るほどに困難かもしれません。

 

現実は砂を嚙むような殺伐としたもの。

コミュニケーションを通じて

現実を付加価値化・虚構化しないと生きていけない。

だから分かり合えない人間が

分かり合ったふりをする。

愛が可能であるかのように振る舞う。

でもそこまでして生きることに、意味があるのか。

そう、意味はない。

でも「意味ねーよ」とは言わない。

みんな分かってるんですよ。

意味はないけどそれしかない。

それでもちょっとした喜びはある……。

(P.56)

 

それ、何の意味があるんですか?とか

粋がる人もいますけど、

すべてに意味なんてありませんよ。

意味を加えるのは自分です。

 

放棄したいならすればいい。

自分の価値が無のままなだけです。

 

私は、あらかじめ与えられたヴィジョンとの合致ではなく、

試行錯誤の結果得られる果実こそを

「自尊心の糧」とするべきだと、繰り返し述べています。

複雑な社会では、試行錯誤の結果は、

あらかじめ与えられたヴィジョンからハミ出し、

期待を裏切りがちになるからです。

(P.83~84)

 

いい学校に入って、いい会社に入って、

たくさんの退職金をもらって

悠々自適な余生を過ごす。

 

こんなのとっくの昔に消え去っていますけど、

まだ幻想に囚われている人も少なくないでしょうか。

 

何でもやってみる。試行錯誤してみる。

その結果、自分の果たすべき使命が見えてくる。

 

こういう展開を作ることが出来るのは自分だけです。

だから価値がある。

 

世間から自立しなければなりません。

 

いずれにしてもそこで、

メッセージを受け入れる受け入れないという

選択が可能になります。

こちらに行けば世間への順応、

あちらに行けばアウトロー

こっちは親孝行、あっちは親不孝。

どちらを選びにしても選択自体が人を社会に組み込み、

脱社会化を阻止することになる。

この社会はいいと思うのも(社会性)、

気にくわなくて別の社会がいいと思うのも(反社会性)、

広い意味で社会的です。

なぜなら肯定的にせよ否定的にせよ、

社会をモノサシにして何かを選んだ時点で、

社会に関わるコミュニケーションに、

既に乗り出しているかです。

(P.122~123)

 

自己中心的に粋がるよりも、

社会のなかでの自分のポジションを

自分らしく獲得したほうが良さそうです。

 

どんな人生を選んでもいいけど、

すべては自己責任となるわけです。

 

であるならば、主導権を持って、

自分ならではの人生を歩みたいですね。

 

そこまで熟慮している人は

あんまり多くはないと思いますけど。

 

もし社会が存続するべきであるならば、

「共生と両立する強度追求」の

可能性が探られなければなりません。

そのために、一つには、

承認を通じた尊厳形成によって、

「自分が自分であることにとって、

 社会や他人の存在が自明の前提になる」ような

成育環境が、必要です。

(P.124)

 

大人になりきれない大人。

要は自分のことばっかり考えているわけです。

 

欲望に絡めとられて、

自分の損得ばかり考えて、

結果的に損ばかりしている。

 

世のため人のために貢献できない人は、

あまり得できないように

この社会はでき上がっているのではないでしょうか。

 

こうした動きの背景に「成熟社会化」があります。

近代が成熟化すると、

天井知らずの成長を期待できる

未来の明るさが消えると同時に、

人々に共有された「モノの欠乏」が埋め合わされ、

何が幸いなのか・良きことなのかが、

人それぞれに分化します。

こうして時間的にも空間的にも不透明になると、

「今を犠牲にして頑張れば、将来報われる」

「自分を犠牲にして頑張れば、社会に役立つ」という

「今でないいつか」「ここでないどこか」を

当てにする生き方は、

期待外れに見舞われがちになります。

その結果、成熟社会は、

「いつかどこか」に向けて人々を動機づけていた

「意味」や「物語」を、確実に風化させます。

代わりに人々はますます「今ここ」における

「強度」や「体感」に動機づけられるようになります。

(P.149)

 

ちょっと長いですが、

私たちが現代社会をどう解釈して、

未来をどう生きるべきかと考えるさいには

とてつもなく参考になると思いました。

 

本当はもっと長く引用したかったのですが、

突き詰めると「今だけカネだけ自分だけ」という風潮が

いかに自分を堕落させるか?

 

つまり、逆を生きればいいという

シンプルな行動指針が浮き上がってくるでしょう。

 

日本人の大半は民度が低いので、

憲法を法律のいちばんエライもののように思っています。

これは百パーセント誤りです。

法律とは、統治権力からする「市民への命令」です。

憲法とは、統治権力と市民の契約を根拠にした

統治権力への命令」です。

人権、正確には基本的人権とは、

統治権力が一定の枠組みを外れた

法律を作ることを抑止する、ガイドラインなのです。

(P.251)

 

おっしゃることはその通りだと思いますけど、

平気で日本人は民度が低いと言ってしまうのが

宮台さんらしさであり、短所と言えるでしょうか。

 

別に民度云々は抜きにして、

このように考えよう!でいいと思いますが(苦笑)。

 

自分がやりたいから社会運動をする。

やりたいのは「自分」だ。

他人のためになる「かもしれない」が、

それは他人のためになることを

「自分」が望むからだ。

ーこのことを忘れないことが重要です。

さもないと不遜な普遍主義や

本質主義が生まれてしまうからです。

(中略)

共通の国民的目標や

世代的目標が消える成熟社会では、

有効で副作用の少ない運動のやり方は

これ以外ありません。

そのことに気づく知性のない人間は、

最終的には邪魔なので、

運動から出て行ってもらいたいというのが、

ここ十年ほど表明し続けている私の考えです。

(P.265)

 

「知識」はAIで得られる時代ですから、

私たち人間は「知性」や

「知恵」で勝負をせざるを得なくなります。

 

インフォメーションではなく、

インテリジェンスが問われるようになりますね。

 

複雑化した社会では

現に仲良くできる範囲に限界があります。

共同体が縮小する近代成熟期には、

仲良し集団の外に、

仲良くできない人たちが膨大に存在する。

問題はそうした他者たちと

どう侵害し合わず共生するか、

それにはどんなルールや想像力が必要か、です。

「みんな仲良し」と言った途端、

仲良くできない他者との共生の作法には

一切言及できません。

「旅の恥はかき捨て」的共同体主義当然の帰結として

「仲間以外は皆風景」になります。

度外れた無防備さの背後にも、

共同体主義教育が帰結する他者不在があります。

(P.280~281)

 

SNS社会がさらに偽物共同体主義を加速させ、

本来あるべき人と人とのコミュニケーションを

断絶しているとも言えるでしょうか。

 

要は、損得勘定が優先され、

他者は踏み台でしかないのですね。

 

地震がこないと

本当の意味での連帯ができないなんて

ちょっと寂しすぎる世の中ですね。

 

そして最大の問題は、

それに気づいている、自覚している人が

かなりの少数派であることです。

 

短期的・長期的に良いことは自明に選ばれるし、

短期的・長期的に悪いことは自明に回避されます。

問題は、短期的に良いが長期的に悪いことと、

短期的には悪いが長期的には良いこと。

共同体を超越する理念を欠いた文化は、

前者ばかり選択する。

それが日本です。

(P.298)

 

これは個人の問題に置き換えてもいいでしょうか。

短期的に良いが長期的に悪いことを

選択している人は少なくないかもしれません。

 

これはキャリア論的には失敗と言えるでしょう。

 

社会学的に言うと、

自由な市民社会には一つの大きな弱点があります。

自由を尊重するがゆえに、

自由をぶち壊す自由を認めかねないことです。

それだと自由な市民社会そのものが

破壊されてしまいかねません。

(P.327)

 

う~ん、これぞパラドックス

これを理解しないシステムや政策は

これからの時代、

うまく機能しないのだろうなと思いました。

 

評価

おススメ度は 前半は ★★☆☆☆ で、

中盤から後半は ★★★★★ と満点で、

間を取って、★★★★☆ くらいでしょうか(笑)。

 

私にとって

宮台真司という人物は

まさにこの評価通りなのですね。

 

でもスルーするには

あまりにも、もったいなくて、

ずっと気になるし、

時々読みたくなるのです。

 

それくらいの付き合い方が

ちょうどよいかなと再認識しました。

 

本書においては

前半は正直退屈でしたけど、

後半は非常に勉強になりました。

 

また宮台作品は読むことになります。

 

それでは、また…。

 

 

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